生産管理において欠かせない「BOM(部品表)」は、MRP(資材所要量計画)の計算をはじめ、生産計画や在庫管理の基盤となる重要な要素である。特に、SAP ERP(SAP ECCおよびSAP S/4HANA)の生産管理(PP)モジュールを利用する企業にとって、BOMの適切な管理は不可欠だ。
本記事では、BOMの基礎知識や種類を解説するとともに、SAP ERPにおけるBOMのデータ構造や登録方法について丁寧に説明する。SAPのBOMについて理解を深めたい初心者から、生産管理に携わるPPコンサルタントまで、幅広い読者にとって有益な情報となるよう工夫している。ぜひ最後まで読んでいただきたい。
SAP ECC、SAP S/4HANAなど、SAP ERPにおけるBOMの登録方法を紹介した続編の記事は以下。

BOMとは
BOM(Bill of Materials、「ボム」と呼ぶ)とは、「ある製品を作るために、どの部品が、どれだけ必要か」を定義したリスト、またはデータ構造である。簡単に言えば、BOMは製品の「設計図」とも言えるもので、製品に使用される部品の構成や数量、階層構造を記録、管理する。
SAP ERPでは、特定の品目(親品目)に対し、その構成品(子品目)を階層的に定義する。
たとえば、「自転車」のBOMは以下のようになる。

親品目 | 子品目 | 数量 |
---|---|---|
自転車 | フレーム | 1 |
自転車 | タイヤ | 2 |
自転車 | サドル | 1 |
自転車 | ペダル | 2 |
このように、BOMは「親品目」と「子品目」の関係を定義し、製造や調達に必要な情報を提供する。
BOMが正確でなければ、生産スケジュールが乱れたり、部品調達が適切に行われなかったりするため、製造業にとってとても重要な情報だ。
BOMの他の呼び方
業界や企業によって、BOMは様々な名称で呼ばれる。
日本語の名称
- 部品表: BOMの日本語での一般名称
- 材料表: 材料を中心にした表現
- 構成表: 製品の構成要素を示す表
- 品目構成表: 製品を構成する品目の一覧
英語の名称
- Bill of Materials (BOM) : 一般的な英語表記
- Product Structure: 製品の構成情報を表す場合
- Component List: 部品のリストとしての意味
- Material List: 使用材料のリストを意味する場合
「配合表」との違い
BOMと似たものに「配合表」がある。BOMと配合表は、どちらも製品の構成を表すが、その用途や対象が異なる。
配合表は、化学・食品・医薬・化粧品などの業界で使用される。製品を製造するために必要な原材料の種類、配合比率、工程などを示すリストである。
- 主に化学物質・食品成分・薬品成分などの材料の組み合わせを示す
- 数量の単位が重量・体積(kg, L, g, mL など)で表記されることが多い
- 原料の比率や濃度が重要(炭酸水 90%、甘味料 5%、香料 5% など)
- 製造プロセスの指示(混合、加熱、反応など)が含まれる場合がある
- 別名「レシピ(Recipe)」「フォーミュラ(Formula)」とも呼ばれるリスト
設計BOMと生産BOM
製造業において、BOMは大きく二種類が存在する。設計BOM(Engineering BOM)と生産BOM(Manufucturing BOM)である。これらは略称で「E-BOM」「M-BOM」と呼ばれることが多い。
設計BOM(E-BOM)
設計BOMは、製品の設計段階で作成されるBOMだ。製品開発や設計図面に基づいて作成される。主に以下の特徴がある。
- 設計情報の基盤
-
設計BOMは、CADデータや設計図面から生成され、製品の構造や部品の組み合わせを明確に記載する。
- 製品の機能重視
-
設計段階で必要とされる部品情報が中心となるため、機能や性能に基づいて部品がリストアップされる。
- 設計者の視点
-
設計者が主に使用し、製品の意図する性能や機能を達成するために必要な情報が含まれる。
例として、自動車の設計BOMには、エンジン、タイヤ、ドアといった主要部品が含まれるが、これらは製造方法に関する情報を持たない場合が一般的である。
E-BOMは、設計部門が管理するBOMであり、CAD(Computer-Aided Design)やPLM(Product Lifecycle Management)システムと連携することが多い。設計段階での部品情報が含まれるが、製造工程の情報は含まれない。
製造BOM(M-BOM)
製造BOMは、実際の製造現場で使用されるBOMである。設計BOMをベースに、製造時の必要性に応じて最適化しながら作成される。以下がその主な特徴である。
- 製造プロセスの基盤
-
製造BOMは、実際の生産ライン/作業場所で必要となる、部品や材料、組立順序を記載する。
- 製造工程に最適化
-
部品は製造や組立の効率を考慮してリスト化され、加工や組立手順が反映される。
- 製造担当者の視点
-
製造現場で使用されるため、現場作業者が作業を進めるのに必要な具体的な情報が含まれる。
M-BOMは、製造部門が管理するBOMであり、実際の生産工程に即した情報を持つ。サブアセンブリ(中間製品)の定義や製造ロットサイズの情報などが含まれる。
たとえば、自動車の製造BOMには、エンジンのサブアセンブリやネジ、接着剤など、製造プロセスに関連した詳細な部品情報が含まれる。
SAPのBOM
PPの4大マスタの一つ
ECC、S/4HANAなど、SAP ERPのPPモジュールにおいて、BOMは「4大マスタ」の一つとされる。PPの4大マスタとは以下だ。
- 品目
- BOM
- 作業区
- 作業手順
BOMはERPの何に使われるのか
SAP ERPにおいて、BOMは主に以下のプロセスで使用される。
- 生産計画(MRP)
-
生産計画や資材所要量計算(MRP)では、BOMを参照して必要な部品の数量や、調達や製造にかかる日数を計算する。
- 製造指図
-
製造指図作成時に、BOMの情報をもとに、投入される部品とその数量を決定する。
- コスト計算
-
BOMを参照して各部品のコストを積み上げ、製品の原価を算出する。
- 品質管理
-
製品の品質検査時に、BOMを参照して必要な部品が正しく使用されているかを確認する。
BOMと作業手順の関係
BOMは「どの部品を使うか」を定義するが、それだけでは生産はできない。生産の流れを定義するマスタが「作業手順(Routing)」である。
作業手順には、どの工程で(BOMの)部品を使うのかを定義する。
機能 | BOM | 作業手順 |
---|---|---|
目的 | 必要な部品を定義 | 生産の手順を定義 |
関連性 | どの部品を使うか | どの工程で部品を使用するか |
トランザクションコード | CS01, CS02, CS03 | CA01, CA02, CA03 |
BOMと作業手順を組み合わせることで、PPモジュールで生産プロセスを管理することができる。
BOMの変更管理
BOMは製品設計や生産要件の変更に応じて更新されることが多い。そのため、SAP ERPでは「BOM変更管理(ECM:Engineering Change Management)」の機能を提供している。
- 「変更番号(Change Number)」を使用してBOMの改訂を管理
- 「有効開始日(Valid From Date)」を設定し、日付によるBOMの変更
- 「履歴管理(History Management)」により、過去のBOM構成も追跡可能
SAPにおけるBOMのデータ構造
SAP ERPのBOMのデータ構造は以下となっている。

BOMのデータ構造について、BOMを登録する標準トランザクションT-Code: CS01の画面とともに見ていこう。
SAPのBOMはレベル・バイ・レベル
SAP ERPにおけるBOMのデータ構造について、最初に理解しておくべきは、SAP ERPのBOMは「レベル・バイ・レベル(Level-by-Level)BOM」として、登録・管理されるという点である。
「レベル・バイ・レベルBOM」とは、製品構成を階層的に表現し、各階層(レベル)ごとに構成要素を登録する方法だ。1レベル単位に、1つの親品目(BOMヘッダ)と、その親品目に属する複数の子品目(BOM明細)を登録する。
SAP ERPでは、下図の赤枠「BOM1」「BOM2」「BOM」の単位で、BOMを登録する。

BOMヘッダ
BOMヘッダは、BOMの親品目の情報を登録するデータである。親品目の品目コード、BOM用途、代替番号、有効開始日などを登録する。
T-CODE: CS01では、第1画面と「ヘッダ」に、BOMヘッダとして以下のような情報を入力する。

入力項目 | 入力する値 |
---|---|
品目* | 親品目の品目コード |
プラント | BOMが属するプラントを指定する。プラントを省略すると、プラントに依存しないグローバルなBOMとして登録される。ただし、MRPや製造指図で使用するBOMではプラントは必須なので、プラントを省略できるのは設計BOMの場合である。 |
BOM用途* | BOMの用途を指定する。BOM用途の値によって、BOMがどのプロセスで使用できるか制御される。 |
代替BOM* | 同じ親品目で、異なるBOMを登録する際に更新される。初期値(既定値)は’1’。同じ親品目を指定してBOMを追加登録する都度、代替BOM番号は自動的にインクリメントされる。 |
変更番号 | 品目、BOM、作業手順など、一連の変更プロセスを識別し、管理するための番号。 |
有効開始日* | BOMが使用可能になる日付を指定する。MRPや製造指図の計画日付が、この日よりも前の日付のとき、BOMを使用できない。 |
改訂レベル | 品目やBOMのリビジョンを管理するための情報。’A’, ‘B’,’C’ のように改訂レベルを登録しておくと、「変更番号」と合わせて改訂レベルを選択することで、品目やBOMの変更管理が行える。「変更番号」が変更プロセス全体を管理するのに対し、改訂レベルは品目とBOMの変更管理に特化している。 |
*は入力必須の項目
BOM用途
「BOM用途(BOM Usage)」とは、BOMの使用目的を分類するための、BOMのキー項目である。各BOMは、特定の業務プロセスで使用されるため、その用途を明確に指定することで、適切なモジュールや機能で使用できるようになる。
たとえば、生産で使用するBOMと、原価計算や販売管理で使用するBOMは異なる場合がある。BOM用途を適切に設定することで、各業務プロセスに適したBOMを利用できるようになる。
S/4HANAでサポートされるBOM用途と、使用可否の一覧を、下の表にまとめておく。
◎:必須 ◯:使用可能 ✕:使用不可
BOM 用途 | BOM用途テキスト | 生産 | 設計 | PM | 予備 | 原価 計算 | 販売 管理 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 製造 | ◎ | ◯ | ✕ | ◯ | ◯ | ✕ |
2 | 設計/デザイン | ◯ | ◎ | ✕ | ◯ | ◯ | ✕ |
3 | 汎用 | ◯ | ◯ | ✕ | ◯ | ◯ | ◯ |
4 | プラント保全 | ✕ | ✕ | ◎ | ◯ | ◯ | ✕ |
5 | 販売管理 | ◯ | ◯ | ✕ | ◯ | ◯ | ◎ |
6 | 原価計算 | ◯ | ◯ | ✕ | ◯ | ◎ | ◯ |
7 | 要返却梱包材料 | ◯ | ✕ | ✕ | ✕ | ◯ | ◯ |
8 | 安定性調査 | ✕ | ◯ | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ |
B | 販売時バンドル (IS✕HT✕SW) | ◯ | ◯ | ✕ | ◯ | ◯ | ◎ |
C | 構成管理 | ✕ | ✕ | ◎ | ◯ | ◯ | ✕ |
E | Versioned Engineering/Design※ | ◯ | ◎ | ✕ | ◯ | ◯ | ✕ |
J | JIT 生産ライン供給 | ◎ | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ | ✕ |
M | 外部資金照会 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ |
P | 予測 MRP | ◎ | ◯ | ✕ | ◯ | ◯ | ✕ |
S | サービス管理 | ✕ | ✕ | ◎ | ✕ | ✕ | ✕ |
U | IUID 組込明細 | ◯ | ✕ | ◯ | ✕ | ✕ | ✕ |
V | Versioned Production※ | ◎ | ◯ | ✕ | ◯ | ◯ | ✕ |
- PEO(Production Engineering and Operations)モジュール専用
PPモジュールにおいて、MRPや製造指図に使われるBOM用途は「1:製造」である。生産BOM以外のBOM種類については、後述の「生産以外のBOMの種類」も参照願いたい。
BOM明細
BOM明細は、BOMの子品目の情報を登録するテーブル形式のデータである。

入力項目 | 入力する値 |
---|---|
明細番号* | BOM明細を識別、および並べ替えるための4桁の数字。 |
明細カテゴリ* | その部品の種類を指定する。構成品目は、通常は在庫品(MRP対象品目)なので、’L‘(在庫品目)を選択する。 |
構成品目* | 子品目の品目コード。 |
数量* | 親品目の数量に対し、その子品目の使用数。 |
数量単位 | 子品目の数量の数量単位。入力を省略すると、品目マスタの基本数量単位がコピーされる。 |
有効開始日 | 有効開始日はBOMヘッダの「有効開始日」がコピーされる。 |
有効終了日 | 入力は不要で、既定値の’9999/12/31’が自動的に設定される。これは、BOMが無期限に有効であることを示す。’9999/12/31’以外の日付が設定されるのは、変更管理機能(変更番号)を使用した場合である。 |
*は入力必須の項目
BOM明細の明細カテゴリ
明細カテゴリは、BOMの各明細における品目の役割を決める項目である。BOM明細で選択可能な「明細カテゴリ」は以下。
明細カテゴリ(Item Category) | 説明 | 使用シナリオ |
---|---|---|
L(Stock Item) | 在庫品(通常の品目) | 製品や部品として在庫管理される |
N(Non-Stock Item) | 非在庫品 | 在庫にしない消耗品や、組立時のみ使用する部品 |
D(Document Item) | 文書明細 | 図面や指示書などの文書(DMSと連携可能) |
T(Text Item) | テキスト明細 | 単なる説明文や指示文を記載 |
I(PM Structure Element) | 計画保全用の構造明細 | 設備のメンテナンス部品 |
K(Class Item) | クラス明細 | クラスに属する部品を使用(Variant BOM) |
M(Intra Material) | 中間品目 | 工程内の中間品目(製造中の部品) |
R(Variable-size Item) | 可変サイズ品目 | 材料が寸法によって決まる(板金、ロール材など) |
- 在庫品(L)と非在庫品(N)の区別は、生産と購買に影響を与える。MRP対象品目であれば’L’を指定する。
- 文書(D)やテキスト(T)は、BOM内での情報管理に役立つ。
- 可変サイズ品目(R)やクラス(K)は、特殊な製造・調達ニーズに対応可能。
SAPにおけるBOMのデータテーブル
SAP S/4HANAにおけるBOMの主要なデータテーブルは以下のとおり。
BOMヘッダ関連
テーブル | 説明 |
---|---|
STKO | BOMヘッダデータ |
MAST | BOMと品目マスタの関連付け(品目とBOMのリンク) |
STKOには、親品目の「品目コード」を記録する項目が存在しない。このため、STKOを品目コードで検索できない。しかし、STKOには品目コードの代わりとなる「部品表/配合表」(STLNR)がある。また、MASTには「品目コード」と「部品表/配合表」の両方が存在するので、STKOとMASTを「部品表/配合表」で関連付けることで、BOMの親品目の品目コードを特定できる。
BOM明細関連
テーブル | 説明 |
---|---|
STPO | BOM明細データ |
STPOとSTKO(BOMヘッダ)は、「部品表/配合表」(STLNR)によって関連付ける。
変更管理(Engineering Change Management, ECM)関連
テーブル | 説明 |
---|---|
AENR | 変更番号(ECMヘッダー) |
STZU | 変更番号によるBOM変更履歴 |
代替BOM関連
テーブル | 説明 |
---|---|
STAS | BOM明細選択 |
作業手順関連
テーブル | 説明 |
---|---|
PLMZ | 作業手順とBOM明細の関連付け |
SAPのBOMを登録する方法
SAPシステムでBOMを登録する標準的な方法は、次の二通りがある。標準トランザクション(SAP GUI)を使う方法と、Fioriアプリを使う方法だ。
標準トランザクション「品目BOM登録」(CS01)
標準トランザクション「品目BOM登録」T-Code: CS01 を使用し、生産BOM、販売BOM、原価計算BOMなど、各種BOMを登録できる。また、登録済みBOMの変更ならCS02、照会ならCS03 を使用する。
ただし、古くからある標準トランザクションなので、PEOモジュールの「バージョンBOM」(PEO専用のBOM。BOM用途は’E’および’V’)ような、最新のBOMを登録することはできない。
SAP社は、S/4HANAの新機能向けユーザーインターフェースとして、SAP GUIではなくFioriをベースとする方針を公表している。そのため、最新の機能に対応したBOMを登録する場合は、次に紹介するFioriアプリを使用する。
Fioriアプリ「部品表/配合表の更新」(F1813)
Fioriアプリ「部品表/配合表の更新」(Fiori ID: F1813)は、T-Code: CS01と同じようにBOMを登録できる。それだけではなく、CS01よりも多くの機能を備えている。
SAP GUIをベースとする標準トランザクションでは、BOMの登録・変更・照会にそれぞれ CS01・CS02・CS03 を使用し、目的に応じて異なるプログラムを使い分ける必要がある。一方、Fioriアプリ 「部品表/配合表の更新」 は、これらの機能を一つのプログラムで統合し、登録・変更・照会をすべてカバーできる。
また、CS01ではサポートされていない PEOモジュール向けの 「バージョンBOM」 も、Fioriアプリ F1813 は対応している。
BOMは削除できる
証跡を重視するSAPシステムでは、アーカイブを除き、データが物理的に削除されることはほとんどない。通常、多くのデータ削除は、テーブルのレコードに「削除フラグ」を設定することで管理される。
しかし、BOMデータの削除は例外であり、物理的な削除が行われる。 削除操作を実行すると、レコードに削除フラグが設定されるのではなく、データテーブルから完全に削除される。また、この削除はMRP実行後でも可能である。
BOMを削除するには、「BOM変更」(T-Code: CS02)より、メニューから「削除」を選択し、保存するだけだ。
ファントム
ファントムとは
ファントム(Phantom、ファントム品)とは、その名の通り、実際には存在せず、BOM上の概念的な中間品目(サブアセンブリ)のことである。
S/4HANAなどSAP ERPでは、次のようなシチュエーションでよく利用される。
- サブアセンブリを組み立てない場合
設計上は階層を分けているが、現場ではまとめて最終製品に組み付けるため、サブアセンブリとしてファントムを定義し、構成品を個別に管理しない。 - 設計BOMと製造BOMで階層が異なる場合
設計時は詳細な階層を持たせたいが、生産現場では一部の階層をまとめて運用したい場合、ファントム品にまとめて手順を簡略化する。 - 製造指図や在庫を集約したい場合
サブアセンブリとして実体を持たせると複雑になるが、MRPや製造指図は最終製品へ一本化したいときに有効である。
E-BOMとM-BOMとの関係
同じ製品に対してE-BOMとM-BOMがある場合、「ファントム」を設定するのは、ふつうはM-BOMの方である。
ファントムにするのは、「部品表の整理上、ひとまとめにしているが、生産現場ではその纏まりを組み立てる手順が存在せず、材料や部品を直接、上位の組み立て工程に使う」というような場合である。
E-BOMは「設計」で作られた部品の階層構造を示しているが、ここではまだ生産現場の都合を反映していないことが多い。一方、M-BOMは生産工程に合わせて部品構成を再編成している。よって、実際に組み立てを行うとき、「あたかもサブアセンブリのように見えるが、実は作らずに、すぐ上位製品へ部品を投入する」といった状態を示す必要が生じた場合、M-BOMにファントムを設定し、運用するのが一般的である。
ただし、E-BOMにおいても、設計の簡素化を図る目的で、複数の部品を纏め、ファントム品として定義することがある。
SAP S/4HANA におけるファントム品
SAP ERPのファントム品には、以下のような特徴がある。
- 在庫管理されない: 在庫として保持されることはない。
- MRP実行時にスキップされる:ファントム品自体は計画されず、その下位部品が手配される。
- 製造指図では展開される: ファントム品を含むBOMを持つ製造指図が登録されると、ファントム品はスキップされ、その下位部品が展開される。
S/4HANA でのファントム品の設定方法
1. 品目マスタの設定
品目をファントム品として定義するには、品目マスタの「MRP2」ビューの「特殊調達」の値に、「50(ファントム組立品)」を設定する。
この設定により、MRP実行時にファントム品はスキップされ、その下位部品が直接計画される。
2. BOMの設定
ファントム品をBOMに含める場合、通常の部品と同じように登録する。
BOMの構成品の中でファントム品は、明細の「ファントム品」フラグにチェックが付くので、それでファントム品であることを区別できる。
3. MRP実行時の挙動
MRP実行時(T-Code: MD01,MD01N,MD02)、ファントム品は計画されずにスキップされ、ファントム品の下位の構成品が計画される(計画手配や購買依頼が作成される)。
たとえば、次のようなBOMでMRPを実行した場合、ファントム品であるBはスキップされ、CとDが手配対象となる。

生産BOM以外のBOM
SAP ERPのBOMは、生産BOM以外にも色々と存在する。以下は、SAP ERPで扱える代表的なBOMだ。
SAP ERPでは、BOMの種類は、BOMヘッダの「BOM用途」に設定することで区別が可能である。また、BOM用途はBOMデータのキー項目の一つなので、品目コードが同じであっても、BOM用途を変えることで、異なるBOMとして登録可能だ。
1. セールスBOM(Sales BOM)
- 用途
-
販売時に使用するBOMで、販売オーダー(Sales Order)に関連付けられる。
- 特徴
-
- 組み立てられた製品(親品目)ではなく、構成部品(子品目)単位で出荷される。
- 親品目の販売時に、自動的に構成部品が販売オーダーに展開される。
- 例: 「ホームシアターセット」を販売すると、スピーカーやアンプなどの個別部品が販売オーダーに反映される。
- 適用シナリオ
-
- 顧客に個別の部品として納品するが、セットとして販売したい場合。
- Eコマースやリテール業界で利用される。
2. WBS BOM(Work Breakdown Structure BOM)
- 用途
-
プロジェクト管理(SAP PS: Project System)で使われるBOM。
- 特徴
-
- WBSに基づき、プロジェクト内で必要な部品やリソースを定義。
- 一般的な生産BOMとは異なり、プロジェクトごとに異なる構成が可能。
- MRPと連携し、プロジェクト単位での調達や生産計画に活用される。
- 適用シナリオ
-
- 大規模なエンジニアリング、建設、インフラプロジェクト。
- 例: 発電所建設プロジェクトにおいて、タービン、配線、基礎工事部材などを管理する。
3. 原価計算BOM(Costing BOM)
- 用途
-
製品の原価計算に特化したBOM。
- 特徴
-
- 生産BOMと異なり、生産計画や製造指図のためではなく、コスト計算のために使用される。
- コストのシミュレーションや価格見積もりに利用可能。
- たとえば、原材料の価格変動を考慮しながら、製品コストを試算できる。
- 適用シナリオ
-
- 製品価格設定や予算計画を立てる際に使用。ただし、生産BOMと部品構成が同じ場合、生産BOMで代用することは可能。
- 例: 製造業で新しい製品を市場投入する前に、コストシミュレーションを行う。
4. サービスBOM(Service BOM)
- 用途
-
アフターサービスやメンテナンスのためのBOM。
- 特徴
-
- 修理・メンテナンス時に必要な部品構成を管理。
- サービス管理(SAP CS: Customer Service)やフィールドサービス管理(SAP FSM: Field Service Management)と連携。
- 製品ライフサイクル中の修理・交換部品を一元管理できる。
- 適用シナリオ
-
- 製造業や機器メンテナンス業界で、保守用の部品管理を行う。
- 例: 自動車メーカーが、特定モデルの修理用パーツをリスト化して管理。
5. バージョンBOM(Versioned BOM)
- 用途
-
SAP S/4HANAのPEO(Production Engineering and Operations)モジュールで使用されるBOM。バージョンBOMは、PPモジュールの設計BOM/生産BOMに「バージョン番号」を追加することで、バージョン番号による変更管理とトレーサビリティを強化する。
- 特徴
-
- E-BOM、M-BOMに「バージョン番号」を追加し、バージョン管理が可能。
- 異なるバージョンのBOMを比較・適用できる。
- バージョンの変更履歴を管理し、ステータスによるBOMリリースの制御が可能。
- 適用シナリオ
-
- 航空宇宙・防衛、精密機器、自動車産業など、設計変更が頻繁に発生する業界。
- 例: 航空機のモデルチェンジに伴い、翼や電子機器のBOMをバージョン管理する。
BOM関連のトランザクション
SAP S/4HANAにおいて、BOM関連の標準トランザクションコードには以下のようなものがある。
- 設備BOM、機能場所BOMは省略。
- CS01:品目BOMの登録
- CS02:品目BOMの変更
- CS03:品目BOMの表示
- CS05:品目BOMグループ変更
- CS06:品目BOMグループ照会
- CS07:プラント割当
- CS08:プラント割当の変更
- CS09:プラント割当の照会
- CS11:品目BOMの多段階展開
- CS12:品目BOMの単段階展開
- CS13:品目BOMの構成品目表示
- CS14:品目BOMの比較
- CS15:品目BOMの使用先一覧
- CS20:品目BOMの一括変更
- CS21:品目BOMの一括作成
- CS22:品目BOMの文書の一括変更
- CS25:BOMのアーカイブ作成
- CS26:BOMのアーカイブ削除
- CS27:品目BOMのアーカイブ読込プログラム実行
- CS28:品目BOMのアーカイブ管理
- CS40:選定可能品目への連結登録
- CS41:選定可能品目への連結変更
- CS42:選定可能品目への連結照会
- CS51:標準BOMの登録
- CS52:標準BOMの変更
- CS53:標準BOMの表示
- CS61:受注BOMの登録
- CS62:受注BOMの変更
- CS63:受注BOMの表示
- CS71:WBS BOMの登録
- CS72:WBS BOMの変更
- CS73:WBS BOMの照会
- CSMB:品目BOMブラウザ
まとめ
BOMは生産管理における重要な基盤データであり、ECCやS/4HANAなど、SAP ERPを利用する企業にとって不可欠なデータだ。本記事では、BOMの基本的な概念や種類、SAPにおけるデータ構造、さらにはS/4HANAでの登録方法について解説した。
自社、またはお客様の業務に最適な「BOM用途」のBOMを選択し、SAPのBOMを最大限に活用したソリューションを構築してほしい。
SAPのBOMを理解したら、次はBOMの登録だ。BOMを効率良く登録するための、BAPI(汎用モジュール)やWeb APIなどを一挙に紹介した続編の記事は以下。

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