いまや、AIはなくてはならない存在だ。
AIを使わなければ、もはや仕事にならないと考えている人は多いだろう。
筆者もそんな一人だ。
AIは便利だが、エージェントなど、その能力を存分に発揮させようとすれば課金しなければならない。
要するに、AI利用はお金がかかる。
筆者もAIを使うたび、トークン消費量を気にするようになっている。
「今週の利用上限は、あとどのくらいだろう」
「この作業は軽い・安いモデルでもいけるか」
「この資料を丸ごと読ませるのはもったいないか」
ということを考える。
一人法人の社長としては、AIの利用料も立派な経費なのだ。
新しいAIモデルが登場するたびに、価格改定もアナウンスされる。
「旧モデルより性能アップしたが安くなった」
「上位プランが新設された」
「利用上限が変わった」
しかし正直なところ、結局、料金は高くなっているのか、安くなっているのか、よくわからない。
ただ、間違いなく言えることがある。
2022年にChatGPTが登場したころに比べれば、料金体系は明らかに複雑になった。
そして、定額制で見ても、最上位プランの価格は月20ドルから月200ドルへと跳ね上がっている。
これは紛れもない事実だ。
そう考えるうちに、筆者は嫌な予感を抱くようになった。

AIコストは、すでに”インフレ”を起こしているのでは⋯?
AIコストの上昇は、いずれ企業の深刻な課題になるのではないか!?
今はまだ、月に数千円から数万円のサブスクで「AIはちょっと高いかな」くらいに感じている人がほとんどだろう。
だが、AIの使い方は「質問して答えをもらう」段階から、「AIに資料やプログラムを生成させる」段階へ移っている。
そして、その使い方がプロジェクトの標準手順として上から指示されるようになったら、どうなるか?
トークン費用は一気に膨れ上がり、プロジェクトの損益を食いつぶす。いわば「AI赤字」の時代がやってくるのではないか?
特にSAPプロジェクトは、典型的な人月ビジネスだ。人件費がコストの大半を占める世界に、AIコストという新しい費目が乗っかってくる。しかも、それを顧客とベンダのどちらが払うのかは、まだ誰も決めていない⋯⋯
SAP業界のAIコストはまだ「見えていない」
まず現状を確認しておこう。結論から言えば、SAP業界ではAIコストがまだほとんど問題になっていない。
理由は単純で、そもそもAIがそれほど使われていないからだ。
ナレッジが閉じた業界ではAIは広がりにくい
SAPのノウハウは、長らく「閉じた世界」に蓄積されてきた。
顧客ごとのアドオン仕様、プロジェクト固有の設定値、ベンダ社内のテンプレートや過去案件の資料⋯
これらは基本的に社外に出ることはない。セキュリティポリシーで外部AIサービスの利用が禁止、あるいは厳しく制限されている現場も、まだまだ多い。
その結果、SAP業界のAI利用は「Google検索の上位互換」にとどまっていることが多い。
「あの機能を呼び出すT-Codeは何だっけ?」
「このエラーメッセージの意味は?」
「入庫に失敗したんだけど原因は?」
といった質問をAIに投げる。それはそれで便利だが、AIのポテンシャルのごく一部しか使っていない状態だ。
ちなみに、この使い方だとトークン消費は驚くほど少ない。質問と回答、合わせて数千トークン程度で終わるからだ。
そもそも検索的な使い方だけなら、ClaudeやChatGPTの無料プランでも十分にこなせてしまう。
この場合、「AIって安いよね」という感覚になる。
いや、検索にとどまっている人は、AIにコストがかかるということ自体、知らないかもしれない。
これが、AIコストの問題が見えていない最大の理由である。
AIに「質問する人」と「生成させる人」の大きな差
一方で、ごく一部ではあるが、Claude Codeなどのエージェント型ツールを駆使して、プログラムや資料をAIに「生成」させている人たちがいる。
筆者もその一人で、先日はSAPの権限テストを自動化するアプリを、Claude Codeと一緒にわずか4時間で開発した。その顛末は以下の記事で紹介している。

「質問する人」と「生成させる人」では、AIの使い方がまったく違う。
生成させる人は、AIにソースコード一式や設計書、過去の議事録といった大量の情報を読み込ませ、何度も修正を指示し、テストまで実行させる。1回の作業で消費するトークン量は、検索的な使い方の数十倍から数百倍に達することも珍しくない。

しかし、SAP業界でこのレベルまでAIを使い込んでいる人は、まだまだ少数派だ。
だからこそ、トークン費用が膨らむという問題に気付いている人も、ほとんどいないだろう。
AI利用が標準化されたとき、トークン費用は一気に膨らむ
では、この「少数派」が多数派になったら何が起きるか?
筆者は、それはもはや時間の問題だと考えている。
AI利用が「手順」になる日は近い
今のAI活用は、個人の判断に任されている。
使いたい人が使い、使いたくない人は使わない。
しかし、プロジェクトの生産性向上が経営課題になれば、話は変わる。
- 要件定義のヒヤリングシートは、このプロンプトテンプレートで作成すること
- 仕様書はこのプロンプトテンプレートでAIに下書きさせること
- アドオンのコーディングはAIエージェントで行い、レビューは人がやること
- テストシナリオはAIで自動生成すること
こうしたAI活用の手順が標準化され、PMOや経営層から上意下達で指示される日は、そう遠くない。
そうなれば、AIを使う人の数も、1人あたりの使用量も、同時に跳ね上がる。
利用者数×使用量 の掛け算で、プロジェクト全体のトークン費用は一気に膨らむことになる。
チャットからエージェントへ、消費量が桁違いになる仕組み
ここで、なぜエージェント型の使い方がトークンを大量に消費するのか、仕組みを簡単に説明しておこう。
AIの料金は基本的に、AIに読ませた量(入力トークン)と、AIが書いた量(出力トークン)で決まる。
チャットで1問1答するだけなら、入力も出力も少ない。ところがエージェントは、タスクを完了するまでに次のような動きを何度も繰り返す。
- 関連するファイルやドキュメントを読み込む
- 計画を立て、コードや文書を書く
- 実行結果やエラーを読み込み、修正する
- それまでのやり取り(コンテキスト)を毎回丸ごと読み直す
特に最後の点が曲者だ。会話が長くなるほど、AIは毎回それまでの全履歴を入力として読み直す。
つまり、作業が長引くほど、1ステップあたりのコストが雪だるま式に増えていくのである。

「ちょっと直して」を数回繰り返すと、思った以上にトークンを消費している、というのうは、エージェントを使い込んだことがある人なら、身に覚えがあるはずだ。
単価は下がっても総額は上がるパラドックス
「でも、AIの単価はどんどん安くなっているじゃないか」
という反論もあるだろう。
確かに、同じ性能のモデルで比べれば、トークン単価は下がる傾向にある。
しかし、ここにパラドックスがある。単価が下がると、人はもっと使うのだ。しかも、最新・最上位のモデルは常に高い価格で提供され、仕事の品質を求める人ほど、高いモデルを使いたがる。単価が下がるスピードより、使用量が増えるスピードの方が速ければ、総額は当然上がる。
経済学では、技術の効率が上がるとかえって資源の消費量が増える現象を「ジェボンズのパラドクス」と呼ぶらしい。AIコストにも、まさにこれと同じことが起きようとしているのである。

ClaudeとChatGPTの料金プラン(2026年10月時点)
ここで、代表的な生成AIであるChatGPTとClaudeの、現時点の料金プランを整理しておこう。仕事でAIを本格的に使い込む人、特にエージェント型ツールで「生成」させる人は、利用上限の大きい最上位の定額プランを選ぶことになるはずだ。
| プラン | 月額(米ドル) | 位置づけ |
|---|---|---|
| Free | 無料 | お試し利用 |
| Go | 8ドル | 低価格プラン |
| Plus | 20ドル | 個人の標準プラン |
| Pro | 100ドル/200ドル | 2段階。200ドルが個人向け最上位 |
| Business | 1ユーザー20~30ドル程度 | 法人チーム向け |
| プラン | 月額(米ドル) | 位置づけ |
|---|---|---|
| Free | 無料 | お試し利用 |
| Pro | 20ドル(年払いなら月17ドル) | 個人の標準プラン |
| Max 5x | 100ドル | Proの約5倍の利用量 |
| Max 20x | 200ドル | 個人向け最上位 |
| Team(Standard/Premium) | 1席25ドル/125ドル(年払いなら20ドル/100ドル) | 法人チーム向け |
- ※2026年10月時点で筆者が確認した内容。料金は改定されることが多く、日本円での請求額は為替や消費税によっても変わるため、契約前には必ず各社の公式サイトで最新情報を確認してほしい。
こうして並べてみると、両社とも最上位の個人向け定額プランは月200ドルで横並びになっていることがわかる。
ChatGPTに有料プランが登場した当初は月20ドルの1種類だけだったから、最上位の価格は10倍になった計算だ。
プランの種類も、無料から最上位まで、両社とも5段階前後に細分化されている。
まさに序文で触れた「料金体系の複雑化」と「最高額の上昇」が、この表に表れている。
もう一つ注意したいのは、AIの定額制はスマホのような「使い放題」ではないという点だ。どのプランにも利用上限があり、エージェントを長時間動かせば上限に達する。それを超えて使いたければ、さらに追加費用を支払うしかない。
定額の月200ドルなど、本格利用の「入場料」と言っても過言ではないのだ。
人月ビジネスに「AIコスト」という新しい費目が加わる
ここからが本題だ。トークン費用の増加は、SAPプロジェクトのビジネスモデルそのものを揺さぶる。
トークン費用はベンダと顧客のどちらが持つのか?
AI利用が標準化されたとき、真っ先に揉めるのが「AIのトークン費用は誰が払うのか」という問題だ。
お互いの言い分はこうだ。
ベンダAIは顧客のプロジェクトのために使っている
だから実費として顧客に請求したい
顧客AIはベンダが生産性を上げるための道具だろう
パソコンやExcelの費用を顧客に請求しないのと同じで、ベンダが負担すべきだ
どちらにも一理ある。そして、今の契約書の多くには、AI利用費の扱いがまったく書かれていない。
準委任契約なのか請負契約なのかによっても、考え方は変わってくる。この点を曖昧にしたままプロジェクトが始まれば、月末の請求のたびに揉めることになるだろう。
人数が減らなければAI活用は矛盾する
SAPプロジェクトのコストは、そのほとんどが人件費、つまり「単価×人数×期間」で決まる。
ここにAIコストが加わるとどうなるか。
先ほどの最上位の定額プラン(月200ドル)を、全員が契約した前提で試算してみよう。
為替は1ドル=150円、消費税は考慮しない目安の計算だ。
- コンサル10名×月額150万円=月1,500万円
- AI費用:200ドル×150円=1人あたり月3万円。10名で月30万円、年間では360万円
- 人数が10名のままなら、プロジェクトのコストは月1,530万円に増える
「たった2%増えるだけか」と思ったかもしれない。しかし、この数字を甘く見てはいけない。
理由は3つある。
1つ目は、利益に対するインパクトだ。仮にこのプロジェクトの粗利率が20%なら、月の粗利は300万円。AI費用の30万円をベンダが負担すれば、粗利の1割が消える計算になる。売上の2%は、利益で見れば決して小さくない。
2つ目は、これが「下限」の数字だという点だ。前述のとおり、定額プランには利用上限がある。エージェントを1日中動かすような使い方をすれば上限に達し、それ以上は従量課金を併用することになる。さらに、顧客データを扱う法人利用では、個人向けプランではなく、管理機能やセキュリティを備えた法人向けプランやAPI契約が求められるのが普通だ。実際の費用は、この試算より上振れすると考えた方がよい。
3つ目は、値上げの余地だ。最上位プランの価格は、ChatGPTの有料プラン登場からわずか数年で10倍になった。今後、より高性能なモデルが「さらに上のプラン」で提供されれば、月3万円は月6万円、月10万円になっていくかもしれない。
そして何より、たとえ2%でも、顧客から見れば「AIを使ったら高くなった」ことに変わりはない。
AIは本来、生産性を上げるために使うものだ。AIを使ってもコンサルの人数や期間が減らないのであれば、AI活用は矛盾していると言わざるを得ない。
逆に、ベンダがAIコストを請求できず自社で抱え込んだ場合、利益が削られる。AIを使えば使うほど赤字が膨らむ。
これこそが、筆者が懸念する「AI赤字」の正体である。
現場にかかる「人減らし」の圧力
この矛盾を解消する方法は、突き詰めれば一つしかない。
AIで生産性を上げた分だけ、人を減らすことだ。
顧客は遅かれ早かれ、「AIを使っているなら、10人も要らないよね?」と言い出す。そうなれば、現場には「人減らし」の圧力がかかる。これまで5人でやっていた設計を3人で、3人でやっていたテストを1人とAIで、という具合に。
実際、欧米からは「AI導入によって人員の削減が進んでいる」というニュースが毎日のように届いている。
日本では、簡単に雇用を止められないよう法制度が整備されているため、欧米ほどAI導入による人員削減は進まない。
だが、顧客からすれば
「AIを利用すれば生産性が上がり、コンサル人数は削減できるはずだ」
という考えを持つのは自然なことであり、ベンダはAI活用と引き換えに「人減らし」を敢行する可能性がある。
人月で稼ぐビジネスモデルにとって、これは売上の減少を意味する。
AI時代のSAPベンダは、「人を減らしても利益を出せる構造」に変わらなければ生き残れないのである。
AIコストの値上げリスク:ベンダに抗う余地はあるか
もう一つ、筆者が非常に危険だと感じているリスクがある。
AIプロバイダーによる一方的な値上げだ。
AI依存率が高まるほど、値上げに逆らえない
プロジェクトのAI依存率は、今後間違いなく高くなっていく。設計書もコードもテストもAIで作る前提で、見積もりや体制が組まれるようになる。そうなった状態で、AIプロバイダーがトークン単価を2倍にしたら、どうなるか。
ベンダは成すすべがない。
今さら人を増やして手作業に戻すことはできないし、契約金額は固定されている。値上げ分はそのまま利益を圧迫し、場合によってはプロジェクト全体が赤字に転落する。
まさにAI赤字の極みである。
これは杞憂ではない。
無料や定額で利用者を囲い込み、依存が進んだところで条件を変える。プラットフォームビジネスではよくある話だ。

SAP自身のライセンス体系の変更に振り回されてきた我々SAP業界の人間なら、この怖さは身に染みて分かるはずだ。
国産AIを育てることが値上げへの防波堤になる
個々のベンダが交渉で対抗するには限界がある。巨大なAIプロバイダーとSIベンダでは、交渉力に差がありすぎるからだ。
では、法律で値上げを規制すればよいかというと、それも現実的ではない。OpenAIもAnthropicもGoogleも、主要なAIプロバイダーの多くは海外の企業だ。日本国内でいくら値上げ規制を議論しても、海外企業の料金設定を縛る実行力はない。
そこで筆者が必要だと考えるのは、AIを電気や通信と同じ「インフラ」と捉え、政府が後押しして国産AIと国内のAIプロバイダーを育てることだ。
値上げを禁じるのではなく、「乗り換えられる先」を国内に用意しておく。選択肢があれば、海外プロバイダーも一方的な値上げはしにくくなる。競争こそが、最も実行力のある値上げ対策になる。
実際、その動きはすでに始まっている。経済産業省とNEDOは、国産の生成AI開発を支援する「GENIAC」を2024年から進めており、計算資源の利用料を補助する形で、国内企業の基盤モデル開発を後押ししてきた。2025年12月には、政府がAI基本計画を閣議決定し、日本の自律性を確保するための基盤モデル開発やAIインフラの整備を柱に掲げている。

ただし、国産AIが育つだけでは十分ではない。ユーザー企業やベンダが実際に国産AIを使い、市場として支えなければ、事業として成り立たないからだ。政府には、開発支援に加えて、行政や公共案件での国産AIの率先利用、業界ごとの利用ガイドライン整備など、「使われる」ための施策も期待したい。
我々SAPベンダにとっても、これは他人事ではない。性能では海外の最上位モデルに及ばなくても、定型的な文書作成やデータ変換など、国産モデルで十分な作業は多いはずだ。作業の一部を国産AIに振り分けておくことは、コスト対策であると同時に、値上げリスクに対する保険にもなる。顧客データを国内で扱えるという点も、セキュリティに厳しいSAPプロジェクトでは大きな利点だ。
SAPスキルだけでは勝負できない時代
AIコストのインフレは、顧客がベンダを選ぶ基準も変えてしまう。
顧客の評価軸は「AIでコスト・工期を短縮できるか」へ
これまで、顧客がSAPベンダを選ぶ基準は、
- SAPの導入実績が豊富か
- 業務とモジュールに精通したコンサルがいるか
だった。しかし今後は、ここに新しい評価軸が加わる。
AIを利用して生産性を上げ、かつ、コストを削減できるか
ここで注意したいのは、「AIが使える」だけでは評価されないという点だ。
AIを使えるコンサルは、これから急速に増えるし、AI利用は当たり前の世界になっていく。
顧客が知りたいのは、
AIを使った結果、見積もりがいくら安くなり、工期が何か月短くなるのか
である。
AIを使ってトークン費用だけを増やしたベンダは、むしろ評価を下げることになる。
コンサルの「聖域」をAIが肩代わりする
では、なぜSAPスキルだけでは勝負できないのか。
最大の理由は、これまでコンサルが独占してきたスキルやノウハウを、AIが肩代わりし始めているからだ。
典型例が、SAP S/4HANAのパラメータ設定(カスタマイジング)である。
IMGのどこを開き、どの項目にどんな値を入れ、どの順番で設定するか。これはこれまで、経験を積んだコンサルにしかできない、いわば聖域ともいえる職人技だった。新人がそれを身につけるには、先輩の横について数ヶ月単位で学ぶしかなかった。
ところが今は違う。たとえば
「製造指図タイプを新規に追加したい。T-Code: OPJHで設定する手順と、関連して設定が必要な項目を教えて」
とAIに質問すれば、IMGのパス、設定すべき項目、注意点まで、驚くほど具体的に教えてくれる。さらに、設定画面を画面共有したりスクリーンショットを見せれば、「この番号範囲の割り当てが漏れている」「この決済プロファイルは要件と合っていない可能性がある」といった設定の正しさの点検までしてくれる。
もちろん、AIの回答が常に正しいわけではない。SAPのバージョンや顧客固有の要件によっては、もっともらしい誤りを返すこともある(AIにできること・できないことについては以下の記事を参照)。

同じことはABAP開発でも起きている。筆者はABAPのコーディング経験がほとんどないが、AIにABAPを書かせたところ、半日で動くプログラムが完成してしまった(その衝撃の実体験は以下の記事)。

さらにSAP自身も、Jouleをはじめとする生成AI機能を製品に組み込み、ユーザーがAIに聞きながらシステムを使うやり方を推し進めている。

「SAPスキル」の価値は下がっている
「SAPの設定手順を知っている」「ABAPが書ける」というSAPスキルは、もはや差別化要因ではなくなりつつある。SAPスキルは、AIに取って代わられる時代に入ったのである。だからこそ、ベンダはSAPスキルだけでは勝負できない。
では、人間のコンサルに何が残るのか。
筆者は、次の4つの力だと考えている。
- 顧客の業務を理解し、何を設定すべきかを決める力
- AIの回答の誤りを見抜く力
- AIを組み込んだ作業プロセスを設計し、コストと工期を短縮する力
- 人とAIを組み合わせたマネージメントを行い、パフォーマンスを最大化する力
手順を覚えており、それをなぞる人ではなく、AIを駆使して成果を出せる人が求められる時代なのだ。
AIコストのインフレに立ち向かう5つの準備
ここまで、かなり暗い未来を描いてきた。しかし、今はまだ、この点に気付いているベンダは少ない。逆に言えば、今から準備を始めたベンダが、AI時代の勝者になれるということだ。
では、具体的に何を準備すべきか。筆者が考える5つの打ち手を紹介する。
① AI活用手順を標準化し、成果物単位で見積もれるようにする
まずは、AIを個人の工夫から組織の「手順」に変えることだ。
設計書作成、アドオン開発、テストシナリオ作成など、作業ごとにAIの使い方を標準化し、プロンプトやテンプレートを整備する。
手順が標準化されると、「この成果物1本を作るのに、何時間とトークン費用がいくらかかるか」が見えるようになる。これが、人月ではなく成果物単位で見積もるための土台になる。
標準化するときは、プロンプトだけでなく「AIに読ませる資料のセット」も一緒に定義しておく。毎回の資料選びの迷いやブレがなくなり、品質とトークン消費量の両方が安定する。
② トークンコストを可視化し、ROIで説明できるようにする
次に、トークン費用を「見える化」することだ。誰が、どの作業で、どれだけAIを使い、いくらかかったのか。これを把握していなければ、AI赤字が起きていても気付けない。
そして、その費用で何時間の工数が削減できたのかを対にして記録する。たとえば、
「AI費用月3万円で、工数を月40時間削減した」
と言えれば、顧客への説明にも、社内の投資判断にも使える。
AIコストは削るべき経費ではなく、リターンを測る投資として管理すべきなのだ。
③ 「AIに毎回やらせない」仕組み+モデルの使い分けでムダを削る
トークン消費を抑える最も効果的な方法は、AIに毎回処理させないことだ。
筆者の例を紹介しよう。
Excelのワークシートを決まった形式に加工する作業があるとする。AIに頼めば、毎回ワークシートを読み込ませるたびにトークンを消費する。そこで筆者は、加工用のExcelマクロをAIに作らせることにしている。AIを使うのは最初の1回だけで、以降はマクロを実行すれば同じ結果が得られる。トークン費用は2回目以降はほぼゼロ、結果がブレることもない。
こうしてAIに作らせたExcelマクロは、当ブログの 便利ツールと資料 で絶賛公開中である。
つまり、AIを「処理する人」ではなく「処理する道具を作る人」として使うのである。データ変換ならPythonスクリプト、SAPへのデータ投入ならBAPIを呼び出すツールと、応用範囲は広い。

こうしたノウハウを実践できるベンダは、今後重宝されるはずだ。AIを「安く」使いこなせること自体が、競争力になるのである。
AIを使う場面では、モデルの使い分けも効く。設計判断や難しいデバッグには高性能モデル、文書の整形や要約には軽量で安いモデル、という具合に。
④ 契約にAI費用の負担ルールと値上げ条項を盛り込む
トークン費用を誰が負担するかは、契約で決めておくしかない。考えられるパターンは次の3つだ。
- ベンダ負担:AIコストを単価に含める
- 顧客負担:実費精算とし、上限額を設定する
- 段階制:一定額まではベンダ負担、超過分は協議
あわせて、AIプロバイダーが値上げした場合の扱いも書いておきたい。「AIサービスの料金が一定割合以上改定された場合は、契約金額を協議する」という条項があるだけで、値上げによるAI赤字のリスクは大きく減る。準委任なのか請負なのかによって、誰がリスクを負うべきかも変わるので、自社の契約形態に合わせて設計したい。
⑤ 人月から成果・価値ベースの価格へ移行する
最後は、ビジネスモデルそのものの転換だ。
AIで生産性が上がれば、人月で稼ぐモデルは必ず縮小する。だから、「何人で何か月やるか」ではなく「何を、どれだけの品質で、いつまでに届けるか」で値付けするモデルへ移行する必要がある。
成果ベースの価格であれば、AIで工数を減らすほどベンダの利益率は上がる。顧客にとっても、総額が下がり、工期が短くなるなら歓迎すべき話だ。AIコストの増加を、人件費の削減と生産性向上で吸収し、顧客とベンダの双方が得をする。
これが、AI時代のSAPプロジェクトが目指すべき姿だと筆者は考えている。
ここで誤解のないように補足しておく。成果ベースへの移行は、「準委任契約から請負契約へ切り替える」ことと同じではない。準委任か請負かは「何に責任を負うか」という契約の種類の話であり、人月か成果かは「どう値付けするか」という価格決定の話だ。実際、請負契約でも見積もりの中身が「単価×人数×期間」の積み上げであれば、AIで工数が減った途端に「次は安くして」と言われ、人月の呪縛からは逃れられない。
逆に、準委任のままでも成果ベースの値付けはできる。2020年施行の改正民法では、成果物の引き渡しに対して報酬を支払う「成果完成型」の準委任が明文化された。完成義務を負わずに成果物単位で報酬を決められるので、ベンダにとってはリスクを抑えた選択肢になる。
- 筆者は法律の専門家ではないので、契約形態の詳細は、案件ごとに専門家に確認してほしい。
もちろん、いきなりすべてを成果ベースに変えるのは難しい。まずは、成果物が明確でAIで定型化しやすい以下のような作業から、成果物単位の見積もりを試してみるのが現実的だろう。
- Fit/Gap結果:SAP標準機能との比較で一覧化しやすい
- カスタマイジング設定の一覧化:成果物の形が決まっていて、定型化しやすい
- アドオン開発(帳票・インターフェース・変換・機能拡張):設計書1本、プログラム1本の単位で見積もれる
- データ移行ツール・移行テンプレートの作成:品目マスタやBOMなど、移行対象のオブジェクト単位で値付けできる
- BAPI・ODataを使ったデータ投入ツールやExcelマクロ:「一括登録ツール1式」として成果物が明確になる
- テストシナリオ・テストデータの作成:業務シナリオの本数で数えられる
- 権限テストの自動化:ロールとT-Codeの組み合わせ単位で数えられる
- 操作マニュアル・トレーニング資料の作成:T-CodeやFioriアプリの単位で数えられる
まとめ:AIコストのインフレは「管理する」
本記事の内容を振り返っておこう。
- SAP業界では、AIはまだ「検索の延長」にとどまっており、AIコストの問題は見えていない。
- AI活用が標準化され、上意下達で指示されるようになれば、トークン費用は利用者数×使用量の掛け算で一気に膨らむ。
- ClaudeもChatGPTも最上位の定額プランは月200ドル(2026年10月時点)。
定額でも利用上限があり、本格利用ではそれ以上の従量費がかかる。 - 人月ビジネスにAIコストが加わると、人数を減らさない限りコストは増える一方。
「AI赤字」は現実のものになる。 - AI依存が進んだ後でAIプロバイダーに一方的に値上げされると、ベンダは成すすべがない。
法整備や契約での備えが必要。 - SAP S/4HANAの設定手順やABAPコーディングなどはAIが肩代わりし始めており、SAPスキルだけでは勝負できない時代に入った。
- 顧客の評価軸は「AIでコストと工期を短縮できるか」へ移る。
- AIに毎回処理させず、マクロやツールを作らせるなど、トークン費用を抑えるノウハウもベンダの武器になる。
AIコストのインフレは、避けられない未来だ。
しかし、それを「怖いもの」として遠ざけていては、AI時代に取り残されるだけである。
大切なのは、AIコストを闇雲に削ることでも、恐れて使わないことでもない。
AIコストを可視化し、投資として管理し、その効果を顧客に説明できるようにすることだ。
今はまだ、この点に気付いているベンダは少ないはずだ。
だからこそ、早期に準備を始めれば、先行者利益を得るチャンスでもある。
あなたの会社・チームは、「AI赤字」に備えているだろうか?


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